ビッグバン(Big Bang)とは、それにより宇宙が始まったと考えられている一種の爆発(とてつもなく高い密度と温度の状態からの膨張)であり、約137億年前にあったとされている。そして、ビッグバンにより宇宙が始まったと考える宇宙論をビッグバン理論という。ビッグバンは遠方の銀河の速度がハッブルの法則に従っているという観測結果から導かれる帰結であり、宇宙原理を仮定することによって、空間が一般相対性理論のフリードマンモデルに従って膨張していることを示すものである。これらの観測結果は、これを過去へと外挿すると、宇宙は全ての物質とエネルギーが計り知れないほど高い温度と密度にあるような原始状態から膨張してきたことを示している。この高温・高密度の状態よりさらに以前については、一般相対性理論によれば重力的特異点になるが、物理学者たちの間でこの時点の宇宙に何が起きたかについては広く合意されているモデルはない。
ビッグバンという語は狭い意味と広い意味の両方で用いられる。狭い意味では、現在観測されている(ハッブルの法則に従う)宇宙膨張が始まった時点のことを指す。この時刻は今から137億年(1.37 × 1010年)前と計算されている。より一般的な意味では、宇宙の起源や宇宙膨張を説明し、またαβγ理論から予測される宇宙初期の元素合成によって現在の宇宙の物質組成が生まれたとする、現在主流の宇宙論的パラダイムを指す場合もある。
ビッグバンの帰結の一つとして、今日の宇宙の状態は過去あるいは未来の宇宙とは異なるという結論がある。このモデルに基づいて、1948年にジョージ・ガモフは宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) が存在することを(少なくとも定性的に)推定することができた。CMB は1960年代になって発見され、この事実が、当時最も重要な対立理論であった定常宇宙論ではなくビッグバン理論を支持する証拠と受け止められた。
ビッグバン理論は観測と理論の両面の動機から生まれた。観測的には、多くの渦巻星雲が地球から遠ざかっていることが知られていたが、当初これらの観測を行った研究者たちはその宇宙論的な意味に気づいておらず、これらの星雲が実際に我々の天の川銀河の外にある銀河であるということも分かっていなかった。1927年にベルギーのローマ・カトリック教会の司祭であったジョルジュ・ルメートルは一般相対論のフリードマン・ロバートソン・ウォーカー計量に従う方程式を独自に導き出し、渦巻銀河が後退しているという観測結果に基づいて、宇宙は原始的原子 (primeval atom) の「爆発」から始まったというモデルを提唱した。これが後にビッグバンと呼ばれるようになった。
1929年、エドウィン・ハッブルがルメートルの理論に対する観測的な基礎付けを与えた。彼は地球に対して銀河があらゆる方向に遠ざかっており、その速度は地球から各銀河までの距離に比例していることを発見した。この事実は現在ハッブルの法則として知られている。ここで、宇宙は十分に大きな距離スケールで見れば特別な方向や特別な場所を持たないという宇宙原理を仮定すると、ハッブルの法則は我々の宇宙が膨張していることを示唆していることになる。
このアイデアを説明するモデルとして、対立する二つの可能性が考えられた。一つはルメートルのビッグバン理論で、ジョージ・ガモフがその説を支持し、発展させた。もう一つの可能性はフレッド・ホイルの定常モデルである。このモデルでは銀河が互いに遠ざかるに従って新しい物質が生まれ、これにより宇宙の物質密度が一定に保たれるとする。このモデルでは宇宙はどの時刻でも大まかには同じように見えることになる。ルメートルの理論にビッグバン (Big Bang) という名前を付けたのはホイルで、1949年の BBC のラジオ番組 The Nature of Things の中で彼がルメートルのモデルを "this 'big bang' idea" とからかうように呼んだのが始まりであるとされている。
長年にわたって、これら両理論に対する支持は真っ二つに割れていた。しかしやがて、宇宙が高温高密度の状態から進化したというアイデアを支持する観測的な証拠が挙がってきた。1965年の宇宙マイクロ波背景放射の発見以降は、ビッグバン理論は宇宙の起源と進化を説明する最も良い理論であると考えられている。現在の宇宙論の研究はそのほとんど全てが基本的なビッグバン理論の拡張や改良を含むものである。現在行なわれているほとんどの宇宙論の研究には、ビッグバンの文脈で銀河がどのように作られたかを理解することや、ビッグバンの時点で何が起きたかを明らかにすること、観測結果を基本的な理論と整合させることなどが含まれている。
ビッグバン宇宙論の分野では1990年代の終わりから21世紀初めにかけて、望遠鏡技術の大発展と COBE、ハッブル宇宙望遠鏡、WMAP といった衛星から得られた膨大な量の観測データとが相まって、非常に大きな進展が見られた。これらのデータによって、宇宙論研究者はビッグバン理論のパラメータを今までにない高い精度で計算することが可能になり、これによって宇宙が加速膨張しているらしいという予想外の発見がもたらされた。(
ビッグバンが提唱されて以来、この理論にはいくつもの問題が持ち上がってきた。これらの問題のうちのいくつかは今日では主に歴史的興味の対象であり、理論を修正したりより質の良い観測データが得られたことで解決されてきた。それ以外の問題、例えば尖ったハローの問題 (cuspy halo problem) や矮小銀河問題、冷たいダークマターといった問題については、理論を改良することで対処できるため、致命的な問題とは考えられていない。
ビッグバンがあったことを全く信じない、非標準的宇宙論 (non-standard cosmologies) の支持者も少数ながら存在する。彼らはビッグバン理論の標準的な問題に対する解決策は理論のその場しのぎ的な修正や補足に過ぎないと主張している。彼らにしばしば攻撃されるのは、標準的宇宙論のダークマターやダークエネルギー、インフレーションといった部分である。しかし、これらの特徴についての理論的説明は今なお物理学の探求の最前線にある話題であり、しかもビッグバン元素合成や宇宙背景放射、大規模構造、Ia型超新星といった独立した観測から示唆されているものである。これらの特徴が持つ重力的効果は観測的にも理論的にも理解されているが、素粒子物理学の標準模型にはまだうまく組み込まれていない。ビッグバン理論のいくつかの面は基礎物理学によって十分には説明されていないが、ほとんど全ての天文学者や物理学者はビッグバン理論と観測結果がよく合致していることによって、この理論の基本部分は全てしっかりと確立していることを受け入れている。
ビッグバン理論にまつわる「問題」と謎を以下に挙げる。
地平線問題
地平線問題は情報が光速より速くは伝わらないという前提から導かれる問題である。すなわち、光速に宇宙年齢を乗じて得られる距離(地平線)よりも遠く隔たっている宇宙空間の二つの領域は因果律的に関わりを持たない。観測されている宇宙背景放射 (CMB) の等方性はこの点で問題となる。なぜなら CMB の光子が放射された時代の地平線の大きさは、現在の天球上で約2度の大きさにしかならないからである。もし宇宙がプランク時刻以来同じ膨張の歴史をたどってきたとすると、これらの領域が同じ温度になったメカニズムが存在しないことになる。
この見かけの矛盾はインフレーション理論で解決される。この理論では、プランク時刻の10-35秒後の宇宙では一様等方的なスカラーエネルギー場が優勢であったとする。インフレーションの間、宇宙は指数関数的な膨張を起こし、因果律的につながりのある各領域が、それぞれの地平線を超えて膨張する。ハイゼンベルクの不確定性原理から、このインフレーション期には量子論的な熱の揺らぎが存在したことが予想されている。この揺らぎが後に宇宙スケールにまで引き伸ばされることになる。これらの揺らぎが現在の宇宙に見られる全ての構造の種となる。インフレーションの後、宇宙はハッブルの法則に従って膨張し、因果律的につながりのある範囲を超えて拡大した領域が再び地平線内に入ってくる。こうして CMB に観測されている等方性が説明される。インフレーション理論は原始揺らぎがほぼスケール不変でガウス分布に従うことを予想しており、これは実際に CMB の測定によって確認されている。
平坦性問題
平坦性問題は、ロバートソン・ウォーカー計量に伴う幾何学を考えることで導かれる観測上の問題である。一般的に、宇宙は3種類の異なる幾何学に従う可能性がある。すなわち、双曲線幾何学、ユークリッド幾何学、楕円幾何学である。宇宙の幾何学(曲率)は宇宙に含まれる全エネルギー密度(これはアインシュタイン方程式の上では応力エネルギーテンソルで表される)によって決まる。エネルギー密度が臨界密度より小さければ宇宙の幾何学は双曲線的(負の曲率)に、臨界密度より大きければ楕円的(正の曲率)に、そしてちょうど臨界密度に等しければユークリッド的(曲率 0)になる。現在の宇宙のエネルギー密度の測定結果から考えると、宇宙が生まれた直後にはエネルギー密度が1015分の1の精度で臨界密度に等しくなっていた必要がある。これより少しでもはずれた値だった場合には宇宙は急激に膨張してしまうかあっという間にビッグクランチを迎えてしまい、現在存在するような宇宙にはならないことになる。
この問題の解決策もやはりインフレーション理論によって提案されている。インフレーションの時代には時空は急激な膨張によって、それ以前に存在したどんな曲率も均されてしまい、高い精度で平坦になる。このようにしてインフレーションによって宇宙は平坦になったという説明である。
磁気モノポール
磁気モノポール問題は1970年代の終わりに提起された。大統一理論によれば宇宙空間には点欠陥が生まれ、これが磁気モノポールとして現れる。このようなモノポールは観測からは全く見つかっていないが、大統一理論からはこの観測結果とは全く一致しないほど大量のモノポールが生成されることが予想されている。この問題もインフレーションによって解決できる。インフレーションが起こると、曲率が均されて平坦になるのと同様に、これらの点欠陥も全て密度が急激に薄められて観測可能な範囲の宇宙から見当たらないほどになる。
バリオンの非対称性
この宇宙になぜ物質が反物質よりも多く存在するのかについてはまだ分かっていない。一般には、宇宙が若く非常に高温だった時代には宇宙は統計的に平衡状態にあり、バリオンと反バリオンが同じ数だけ存在したと考えられる。しかし現在の観測からは、宇宙は非常に遠方の領域も含めてほぼ完全に物質から構成されているらしいことが分かっている。そこで、バリオン数生成と呼ばれる未知の物理過程によってこの非対称性が作られたと考えられている。バリオン数生成が起こるためには、アンドレイ・サハロフによって提唱されたサハロフの条件が満たされている必要がある。この条件とは、バリオン数が保存しないこと、C対称性とCP対称性が破れていること、宇宙が熱力学的平衡状態にないことである。ビッグバンではこれら全ての条件が満たされるが、その効果は現在のバリオンの非対称性を説明できるほど強くはない。バリオンの非対称性を説明するためには高エネルギー素粒子物理学の新たな進展が必要である。
球状星団の年齢
1990年代の中頃、球状星団の観測結果がビッグバン理論と矛盾する可能性が指摘された。球状星団の恒星の種族の観測と一致するような恒星進化のコンピュータシミュレーションの研究から、球状星団の年齢は約150億年であるという結果が出た。これは宇宙年齢が137億年であるという見積もりと矛盾する。この問題は1990年代終わりになって、恒星風による質量放出の効果を考慮した新しいコンピュータシミュレーションによって、球状星団の年齢はもっと若いという結果が得られたことによって一般的には解決した。観測による球状星団の年齢の測定結果がどの程度正しいかについては依然として問題も残されているが、球状星団が宇宙で最も古い天体の一種であることは明らかである。
ダークマター
1970年代から1980年代にかけて、様々な観測(特に銀河の回転曲線の観測)から、宇宙には銀河内や銀河間に働く重力の強さを十分説明できるだけの「目に見える」(電磁波を放出・吸収・散乱する)質量が存在しないことが明らかになった。このことから、宇宙に存在する物質の90%は通常の、つまりバリオンからなる物質ではなく、ダークマターであるという考え方が出てきた。これに加えて、宇宙の質量のほとんどが通常の物質であると仮定すると、観測と強く矛盾するような帰結が得られることも分かってきた。具体的には、もしダークマターが存在しないとすると、宇宙には銀河や銀河団などの高密度の構造がこれほど大きく成長しなかったはずであり、また重水素の量が今よりはるかに多く作られたはずである。ダークマター仮説は当初は議論を呼んだが、現在では CMB の非等方性や銀河団の速度分散、大規模構造の分布などの観測や、重力レンズの研究、銀河団からのX線の測定などを通じて、標準的宇宙論の一部として広く受け入れられている。ダークマターは重力的な痕跡を通じてしか検出されておらず、ダークマターに当てはまるような粒子は実験室ではまだ見つかっていない。しかし素粒子物理学からはダークマターの候補が数多く挙がっており、これらを検出するプロジェクトがいくつか進んでいる。
ダークエネルギー
1990年代に宇宙の質量密度の詳細な測定が行なわれると、宇宙のエネルギー密度全体に占める質量の割合は臨界密度の約30%であることが明らかになった。宇宙背景放射の観測が示すように我々の宇宙は平坦なので、残り70%のエネルギー密度が説明されないまま残されていることになる。現在、この謎はもう一つ別の謎と結び付いているように見える。それは、Ia型超新星の複数の独立した観測から、宇宙膨張が厳密なハッブルの法則に従っているのではなく、非線形な加速をしていることが示されているという点である。この加速を説明するためには、宇宙の大部分が大きな負の圧力を持つ成分からなっていることが一般相対論から要請される。このダークエネルギーがエネルギー密度の残り70%を担っていると現在考えられている。ダークエネルギーの正体はビッグバン理論の大きな謎の一つとして残されている。考えられる候補としてはスカラーの宇宙定数やクインテセンスなどがある。この正体を理解するための観測が現在続けられている。
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