月の起源


月の石の放射性年代測定により、約45億5000万年前に誕生し35億年前までは微惑星の衝突が多発していたことが分かっている。

起源については、主に、他で形成されてさまよっていたものを地球が捕獲したとする捕獲説あるいは他人説や、地球の自転による遠心力で分かれたとする分裂説、地球軌道近傍の物質が集積する際に地球と月が同時に出来たとする兄弟説あるいは双子説が、長らく唱えられてきたが、いずれの説でも月の成因を矛盾なく説明することが出来ず行き詰まりを見せていた。

1975年になって、アポロが持ち帰った月の石の研究成果を踏まえて、地球と他の天体との衝突によって飛散した物質由来とする、いわゆるジャイアント・インパクト説が唱えられた。 この説では、地球の形成期に火星程度の大きさの天体が地球に衝突して、地球の周辺にマントル物質が飛散し、それがやがて集積して月が形成されたというものである。集積に要した時間は1ヶ月〜1年程度と考えられる。 この説によれば、月の比重は3.34であり、地球の大陸地殻を構成する花崗岩(比重1.7〜2.8)よりも大きく、海底地殻を構成する玄武岩(比重2.9〜3.2)に近い点。また、衝突した天体のコアが沈んで地球のものと合体し、より軽いマントルから出来た月のコアが小さく鉄が少ない点、月の巨大な質量や運動量の由来について説明することができる。

月内部の構造はアポロ計画の際に設置された月震計で明らかになった。中心から700km〜800kmの部分は液体の性質を帯びており、液体と固体の境界付近などで月震が多発している。表面から60kmの部分が地球の地殻に相当し、長石の比率が高い。月表面のうち、主に地球を向いた面の北緯60度〜南緯30度にわたる領域は光をあまり反射せず黒く見えることから、海と呼ばれている。海は月表面の35%を占める。海は溶けた玄武岩が隕石孔を埋めたためにできたもので、約20kmの厚みがある。海以外の部分は、小石が集まった角れき岩から構成されている。これは太陽系初期から残った微惑星の衝突によって生成したものである。なお、月の裏側には海が少なく、高地と呼ばれる急峻な地形からなる。表側と裏側の様相が異なる理由については、いくつかの説明が試みられているが、定説はまだ無い。

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月の秤動(ひょうどう)とは


月は地球に対して27日周期で少しずつ違った面を見せている。この月の見かけ上の揺れのことを月の秤動(ひょうどう)という。これにより月面の59%が地上から観測可能である。この画像は27日分の月の映像を、時間を縮めて並べたもの。大きくなったり小さくなったりしているのは、月が地球の周りを公転するさいに地球との距離が近くなったり遠くなったりしているため。

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月とは


太陽系の中で地球に最も近い自然の天体であり、人類が到達したことのある唯一の地球外天体でもある(2006年現在)。

地球から見える天体の中で太陽の次に明るいが、自ら発光はせず太陽光を反射し白銀色に光る。

英語では Moon、ラテン語で Luna と呼ばれる。古くは太陽に対して太陰ともいった。漢字の「月」は三日月の形状から変化したものである。日本語では「ツキ」というが、奈良時代以前は「ツク」という語形だったと推定されている。

また、別の意味として、ある惑星から見てその周りをまわる衛星を指す。例えば、フォボスは火星の月である。

月は天球上をほぼ4週間ごとの軌道で移動する。天空の移動速度は毎時 0.5 °程度である。また、天球上の軌道である白道も一定しており、黄道帯とよばれる黄道周辺 8 度の範囲におさまる。さらに2週間ごとに黄道を横切る軌道を描く。このとき星が月の後ろに隠れる現象を掩蔽、あるいは星食という。一等星や惑星の星食はめったに起こらない。

地球上から月を観測すると、毎日形が変わって見え、約29.3日周期で同じ形に戻る。このため、原始的な暦法では、この周期を「月」という、天体名と同じ単位として扱った文明が多い。このような暦法を太陰暦という。詳細は、月 (暦)を参照のこと。

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